超LONG INTERVIEW ジョシュ・ハートネット的生き方
(ROADSHOW 2001/10月号)

今から4年前、俳優になりたいという野心に燃えてロサンゼルスへやっていたジョシュ・ハートネットは、彼と同じような俳優志願の若者たちが何年間も下積みの苦労を経て、ようやくTVのコマーシャルのような小さな仕事にありつくというハリウッドの厳しい現実のことなど、想像さえもしていなかった。故郷のミネソタ州セントポールにいたころ、彼はハイスクールの舞台劇の主役をいくつも勝ち取り、<マービンズ>(訳注 全米14州に広がるデパートのチェーン)のCMに出演したこともあった。だから、その幸運がLAへも一緒についてくるだろうと、実に能天気に構えていたのである。

驚いたことに、現実はそのとおりになった。LAへやってきてからわずか数週間で、反抗的なティーンエイジャーの役でTVシリーズ《Cracker》に出演するというチャンスがめぐってきた。このシリーズはあまりヒットすることなく終わったが、ハートネットはそのまま自然にスクリーンの仕事へと移行した。ジェイミー・リー・カーチスの息子役で出演した《Halloween20:20Years Later》が公開されたとたん、彼はたちまち、ティーンエイジャーのアイドルとなり、続いて学園ホラー映画《パラサイト》に出演して人気を徹底的なものとした。また、シェイクスピアの「オセロ」を現代ものにアレンジした《Oオー》や、オールスター作品《フォルテ》などにも出演したが、後者は複雑な事情から公開が延期されるという不運に見舞われた。それだけではなく、ティーンエイジャーを意識して作られた《愛ここにありて》もほとんど時間の無駄ともいえるできに終わった。だが、そこでソフィア・コッポラによるインディーズ作品《ヴァージン・スーサイズ》への出演という幸運に恵まれる。子の作品で彼が演じたのは、70年代の魅力的な女たらしといった役どころで、それがあまりにもいききとした男らしさと神秘性に満ち、そして何よりも抜群にカッコよかったために、キャスティング・エージェントたちも製作関係者たちも、こぞって彼に注目したのだった。

そして1億3500万ドルもの膨大な予算で製作されるマイケル・ベイ監督の戦争エピック大作《パール・ハーバー》で、主役のひとりの最有力候補として、俳優リストのトップに名前を連ねることになったのである。ベイ監督はハートネットを選び、ベン・アフレックとともに、ケイト・ベッキンセールが扮する看護婦に恋をする青年役に抜擢した。この《パール・ハーバー》の予告編がまだ世間の映画ファンたちにおひろめされる前に、彼はさらに2本の期待作に出演した。その1本は前評判の高い《恋する40Days》で、もう1本はリドリー・スコット監督による大作《ブラック・ホーク・ダウン》である。こちらはソマリアに駐屯するアメリカ兵たちの物語で、やはり大予算をかけた大がかりな製作となった。

ハートネットのようにあまりにも順調に成功の階段を昇りつめてしまうと、生意気なうぬぼれ屋になってしまうということも、ハリウッドではよくある話である。だが、ハートネットはそういったところはまったく感じられない。LAのホテル<シャトー・マーモント>で会った22歳の彼は、驚くほど礼儀正しく紳士的で、まじめな好青年であった。スラックスにTシャツというシンプルなファッションでも十分にスタイリッシュな彼は、身長6フィート3(約187a)の長身で、アメリカの典型的なハンサムといった顔立ちをしている。そのうえ、彼の周囲には、ハリウッド的な香りがまったく漂っていない。しかも若者らしい活気をよく抑制し、落ち着いた物腰で静かに話をするところは、年齢よりも成熟した精神性を感じさせた。「僕はミネソタの生まれなんだ」と、彼はささやくような声で語った。その声があまりにもおとなしかったので、私は身を前に乗り出すようにして、その続きを聞き取らなくてはならなかった。「だから、ちょっと古いところがあるんだよ」

>>>《パール・ハーバー》でいきなり人気スターの仲間入りをしたわけだけど、もう、その状態には慣れた?
「なかなか簡単になれるようなことではないね。僕のごくプライベートなことにも、どれほど世間が注目しているのか気づいたときは、ちょっとおかしいんじゃないかなって思ったけど。自分のことについて書かれたものはめったに読まないんだ。だから、僕自身はどういう噂を立てられているのかも、まったく知らない。でも、ただの顔見知りの女優に挨拶しただけで、付き合ってるらしいって書かれたりするようだね。もちろん、映画の世界で仕事ができて嬉しいのは確かだけど、やっぱり、この世界の外の生活もキープしたい。どういうことを言いたいのか、わかってくれると思うけど。」

>>>《パール・ハーバー》によって、レオナルド・ディカプリオ並みの人気者になれると思う?
「実は僕がいちばん怖かったのは、《パール・ハーバー》のスケールの大きさだった。どういうことになるか、考えただけでおじけづいちゃって、本当にこの役を引き受けていいのかどうか、自身がなかったくらいなんだ。有名になった後が怖かった。誰もが僕のことを根ほり葉ほり知りたがって、僕から何かを絞り取ろうとしたり、他人から自分を守らなくてはならないほどのプライバシーが犯される状態なんて、想像しただけでぞっとしたよ。そういうのは、僕の性分に合わないから。基本的に、僕はどこへでも自由に出ていきたい探検家タイプなんだ。とは言っても、その作品がヒットしたおかげでタブロイト紙の表紙に取り上げられるのがいやだから断るなんて、それもまたおかしな話だよね。」

>>>有名人になった状態でどうやって切り抜けるか、何か特別な作戦はある?
「その場その場で、なんとかするさ。でも、実際にそういう場面になったらきっといらいらしちゃうんだろうな。」

>>>《パール・ハーバー》への出演を最終的に決意させたものは?
「父と会って話したことだった。この作品が、僕の人生だけでなく、家族みんなの人生をも変えてしまうことになるんだろうってことや、それを思うと本当にこの仕事を引き受けるべきかどうか自信がないってことを、率直に話したんだ。そうしたら、父はこう言ったよ。"おまえが自分で決めることだ。だが、名声なんてものは一時的なものに過ぎない。俳優をやめれば、たちまち消えてしまうものだろうし、たとえ頑張って俳優の仕事を続けたとしても、結局はやがて消えてしまうものだ。だが、後悔というのは、死ぬまでずっと引きずることもある。"それで、いよいよ《パール・ハーバー》の撮影に向かうために、飛行機に乗って飛び立つ直前、父にこう言った。"僕は振り落とされるまで、これに乗り続けることにするよ"」

>>>お父さんとはずいぶん仲がいいようだね。
「うん、父はすごい男だよ。ツイン・シティーズ(訳注 ミシシッピー川をはさんだセントポールとミネアポリスの両市の愛称)にいくつかビルを所有していて、不動産経営の仕事をしているんだけど、仕事オンリーという感じになることなく立派に家族を養ってきた。僕たち兄弟とも、よく一緒に過ごしてくれる。最高の父親だね。」

>>>《パール・ハーバー》のことをもっと聞きたいんだけど。あの役を引き受けることを決めたときは、どんな感じだった?
「スクリーン・テストを受けたりしていたころ、監督のマイケル・ベイとプロデューサーのジェリー・ブラッカイマーに、この役はもっと冷たい感じに演じたほうがいいのかどうか、尋ねたことがあるんだ。つまり、40年代の映画で戦闘機のパイロットなんかを演じた俳優たちのような、男の中の男ってタイプが期待されているのかなって思ってね。それとも、より感情をこまやかに表現したほうがいいのか。そうしたら、ふたりは新しい時代の観客に見せる映画を作るのだから、スタイルにこだわり過ぎた演技は好ましくないと答えてくれた。確かに、40年代のスタイルで演じてしまったら、それぞれのキャラクターが堅苦しい感じになりすぎてしまったかもしれない。僕がもっとうまい役者で、しかもあの時代のことを徹底的に調べたりしたんだったら、うまくいったかもしれないけどね。でも、脚本はあのころのことを本当にありのまま描いていた。そして、苦労続きだった純真な青年の人生をごまかすことなく描いたものでもある。この男はたくさんの心の傷や悲しみを背負っているんだ。つまり、ある意味では、僕がこれまで演じてきた役と同じ種類の人間だね。」

>>>ということは、いつもいためつけられ、悲観にくれ、悩んでばかりいるやつってこと?
「(笑)わかってるね!そういう役ばかり選んでいるわけじゃないんだけど、どういうわけか、僕にまわってくる役はいつも暗い陰を引きずっている。」

>>>《パール・ハーバー》の撮影で、いちばん苦労したのはどんなこと?
「あの巨大な作品の中に、自分の居場所を見つけることかな。目の前で繰り広げられるすばらしい製作現場が生み出そうとしている作品に、自分もしっかりと属しているんだって実感できるようになるためには、やっぱり自信を持つことしかないんだ。それは、かなり張りつめた緊張感を伴うことだ。ベン・アフレックには、そういう自信がある。一緒に撮影しているあいだ、僕もそうなれるように努力したよ。」

>>>人気スターとしての生き方について、アフレックから何か学んだことはある?
「実際にそういう目にあってみないと、ベンだけでなく、ほかの誰かを参考にして何かを学べるかどうかもわからない。でも、ベンはすごくうまくやってる感じがする。彼のようにはできない人たちを大勢見てるから、それだけはわかる。それほど有名ではないときって、そうなったらどれほどエキサイティングな人生になるかってことばかり考えるものだけど、実際に有名になってしまうと、つねに何かが起きてばかりの人生になる。ぼんやりできる退屈な時間なんて、なくなってしまうんだ。だから、すごい有名人になってしまったら、退屈な時間が欲しいと思うようになるんじゃないかと思う。」

>>>マイケル・ベイ監督は役者たちに厳しいことで知られているよね。きみの場合はどうだった?
「彼とは撮影が始まる前に親しくなっていたので、世間の人たちが言うほど意地悪な人じゃないってことは、すでによくわかっていた。彼は本当に仕事熱心な人だから、まわりに人間に厳しくするほかに、物事をすばやく片づける方法が思いつかないって感じなんだろうと思う。撮影中に彼が生み出していくものって、本当にすばらしかった。だから、彼のような映像の天才と一緒に仕事ができて、ラッキーだと思っていたよ。」

>>>ベイは《パール・ハーバー》の製作プロセスは非常に困難なことばかりだったと語っているけど、きみもそれは感じた?
「とにかく、すべてが細かく切り刻まれた状態の撮影だった。僕ろベンとで演じたコックピット内のひとつのシーンだけでも、数ヶ月間かけて、いろんなところを少しずつ撮るって感じなんだ。ハワイで滑走路を移動する飛行機に乗って、窓から顔を出すところを機内から撮影し、それから何か月も経ってから、あのジンバル(訳注 羅針盤のように水平にバランスを保って上から吊り下げられたもの)っていうのかな、でっかいお化けみたいな機械に乗って外側からのショットを撮った。そのあとも、ディズニーの撮影所内の舗装路で少し撮ったりした。たったひとつのシーンだけでこうなんだ。それをひと続きのものに仕上げるってこと自体、大きなチャレンジなんだよ。」

>>>共演のケート・ベッキンセールも、たとえば《ヴァージン・スーサイズ》のキルスティン・ダンストとか、《愛ここにありて》のリリー・ソビエスキー、《Oオー》のジュリア・スタイルズといった、きみがこれまで一緒に仕事をしてきた女優たちの中で、誰からもっとも強い印象を受けた?
「リリーは本当にかわいい、優しい人なんだ。それにすごく頭もいい。ときどき、よすぎると思うこともあるけど、彼女は実際の年齢よりもずっと大人だよ。彼女はとても仲のいい友達なんだ。彼女とキルスティン・ダンストは本当に大人だし、友達としても、知的で面白い人たちだよ。こういう世界で生きていながら、彼女たちがどちらもしっかり地に足をつけているのを見ると、心からすばらしいなって思う。心を迷わすことだらけの世界だからね。」

>>>一緒に仕事をしてみて、特別な化学反応みたいなものを感じたのは誰?
「リリーと、ジュリア・スタイルズ。」

>>>スタイルズと交際してたって噂は本当なのかな?
「いや、そんな噂は馬鹿げてるよ。外で彼女と会ったとき、"ジュリア、僕たちって熱烈な関係らしいって知ってる?"なんて話をしたくらいだ。」

>>>それじゃ、《恋する40Days》で共演したシャニン・ソサモンとは何か特別なことはなかった?
「いい仕事仲間だったよ。一緒にいられた時間はとても楽しかった。(長い沈黙)」

>>>あの映画の中に、彼女とのそういう特別な感じが出ているシーンがある?
「ねぇ。ゴシップを探りだそうとしてるの?」

>>>いや、きみたちふたりがどんなふうに刺激し合ったのか、知りたいだけだ。
「そりゃ、そうだろうな(笑)。彼女にはボーイフレンドがいるし、僕にもガールフレンドがいる。僕たちはただの友達だよ。」

>>>そんなふうに次々にきれいな女優たちと一緒に仕事をしていると、彼女たちの行動について精通してるような気にならない?
「女性というのは、実に謎だよね。僕にはまだ、彼女たちのうちの誰ひとりとして、よく理解できてないよ。でも、美しいうえに頭がよくて、面白い女性たちと一緒に仕事ができるというのは、中年のおじさんばかりに囲まれて仕事するより、ずっと楽しいのは確かだな。と言っても、世のおじさんたちに異論があるわけじゃないけど。」

>>>共演した女優とつき合ったことってある?
「撮影現場でガールフレンドだった女性とある人との関係を疑ったことが原因で、別れちゃった。それからしばらくして、ふつうの友達として会うようになった彼女から、こんなことを言われたよ。"私には理解できる。映画を撮りながら、離れたところにいる誰かと親密な関係を維持し続けるのがどれほど大変か"ってね。彼女は"コミュニタス"という言葉を教えてくれた。ひとつの芸術作品を完成させるために集まり、でき上がったとたんに再び散り散りになる集団のことだ。たった3か月という凝縮された時間に、ひとつのコミュニティが成立していく全段階を経験するんだよ。そこからは当然、プリンスとプリンセスみたいなペアが生まれる。でも、そのペアがクルーの中から出てくることはあまりない。彼らは撮影そのものが行われているロケ現場で過ごす時間が多いから。それに対して、俳優たちはおたがいをよく知らないまま、外から運び込まれる。ほとんどがまだ若く、恋をする用意も条件もそろっている(笑)。そんな状態で、毎日を過ごすんだ。どんなことになっても、仕方ないよね。」

>>>相手役の女優と恋をしたために、撮影中に気まずい感じになったりしたことある?
「ケンカしたばかりの相手とラブシーンを演じるのって、すごく変な感じなんだ。ケンカしたことを、どうやって忘れられると思う?俳優としてかなり優秀でないと、そういう感情をすっかり頭から払いのけて、かわりに温かい思いやりに満ちた気持ちになるなんて芸当はできないよ。だから、利口な役者は相手役と深い関係になんてならないんだ。演技に影響が出るから。

>>>最近のきみは、そういう利口な役者なのかな?
「僕もだんだん利口になってきた。ガールフレンドであれ、元ガールフレンドであれ、ただの友達であれ・・・まあ、その、何と呼んだらいいのかわからないんだけど・・・。"僕たち、恋人同士なのかな、それとも、ただの友達?"って悩むようなことは絶対にしない。第一、そんなこと言い出したら、殺されちゃうよ。それで失敗したことも、すいぶんあるから。今はただ、撮影に入ると、環境が変わるだけだってことがわかった。正直言って、彼女と一緒にいられないのはつらいよ。一緒にいると、やっぱり、おたがいにすごく素直な人間になれる。」

>>>今、こうやって相手について話しているようなことが、彼女の耳に入ったりしたら、ふたりの関係がまずくなったりしない?
「僕はつまんないことを言ったからって、そんなに彼女のことばかり気にしないでよ。彼女にだって、前に付き合っていたボーイフレンドは大勢いるから。いらいらさせられたのは、僕のほうだよ。彼女とはずいぶん長いあいだ、くっついたり離れたりしながらのつき合いなんだ。」

>>>彼女は女優なの?
「ミネアポリスで舞台女優をやっている。大事なことは、彼女と僕がこの"人気"がどうのっていう大変な時期にも、ほかの友達とそうしてきたように、ずっとよい関係を維持してきたってことだと思う。」

>>>《恋する40Days》の話に戻りたいんだけど。《パール・ハーバー》のあとの作品は、どうやって決めたのか話してくれる?

「この作品の脚本を読んだとたん、ぞっとしたんだ。読み始めたら、すぐ"わぁ、どうしよう!セックス・コメディだ!"って思った。でも」読み進むうちに、"これは傑作だ"って思うようになった。それで読み終わったとき"セックスの話が多すぎるから無理だ"ってメモした。

>>>どれくらい多いの?
「僕が演じる男は、ガールフレンドに捨てられたあと、一種のセックス三昧に走るんだ。だけど、セックスするたびにむなしさを感じてしまう。そのうちに、自分の頭がおかしいんじゃないかって思うほどになる。そこで四旬節(訳注 キリスト教で復活祭の前の準備として行われる、断食と改悛の期間)の40日間、あらゆる女性との接触を断つことを決意するんだ。そうすれば、きっとよい状況になるだろうと信じてね。ところが、そんなときに理想の女性と出会うj。」

>>>で、この作品の次には、ミリタリーものの、《Black Hawk Down》を選んだ。リドリー・スコットから、どうしてきみを出演させたいと思ったかについて、話を聞いたことは?
「マイケル・ベイが《パール・ハーバー》の映像の一部をリドリーに見せたんだ。それに、《パール〜》をプロデュースしたジェリー・ブラッカイマーが《Black〜》もプロデュースすることになっていたので、もちろん彼も僕を強く推してくれた。」

>>>《Black〜》のどんなところに魅力を感じた?
「とにかく、僕はリドリーと仕事をしてみたかった。あの巨匠と一緒に仕事ができるんだって友だちに言いふらせるのが、嬉しくてたまらなかったよ。最初から最後まで、終始、緊迫感のある物語だから、大変なことになるだろうと思ったけど。」

>>>どんな人たちと役を競り合うことが多い?
「ヒース・レジャーとは、ときどきかち合うね。」

>>>きみがどうしてもやりたかった役を、彼に奪われたことってある?
「《恋のからさわぎ》かな。あれは、どうしてもってわけじゃなかったけど、やりたくもないと思っていたわけでもなかった。それに、実は《パトリオット》の話も来ていたんだけど、ちょうど別の映画の撮影にはいっていて、脚本を読む時間がなかったんだ。ようやく目を通す時間ができて、すばらしい作品だってことがわかったので、やらせてくれって電話したんだけど、そのときにはもうヒース・レジャーに決まってた。」

>>>レジャーに関係なく、ほかにチャンスを逃した作品は?
「ロンドンにいたときに、《タイガーランド》の話をもらって、すごくいい役だってことはわかっていたから、ぜひやってみたいと思った。ついに、これだと思える役にめぐり会えたような気がしたほどだった。だけど、やっぱり、そのときにはもう遅かったんだ。今ごろは、コリン・ファレルが大活躍してるだろうよ。僕のいちばんいけないところは、いつもスクリプトを読むタイミングが悪いってことなんだ。1日遅れで、1ドル損する。それが僕さ。」

>>>同世代の俳優たちの活躍がうらやましくなることはある?
「《トラフィック》でベニチオ・デル・トロのすばらしい演技を見たときには、"要は、表情の変化を続けて見せることだ。どうして僕にはベニチオみたいな表情ができないんだ!?"って思ったよ。彼には驚くほど才能がある。」

>>>きみは自分の才能をどう評価している?
「僕はスクリーンで自分の姿を見ることに耐えられないんだ。なんとか、自分の演技をスクリーンでじっくり見て、"そう、これがやりたかったんだ"みたいなことが言えるようになりたいものだとは思ってるよ。でも、なかなか、そうはいかない。」

>>>これからもL.Aで暮らすつもり?
「いや、それはない。今でも家はミネソタだよ。僕にはちょっぴり、"クソ食らえ!無理してL.Aに住むことはないんだ!"って気持ちがある。ハリウッドって、いろんなことを言いたがる人たちでいっぱいで、自分の意見をそのまま維持できなくなっちゃう。L.Aに住まないことこそ、何よりも大切な生き残りの手段だと思ってるんだ。」

>>>子供のころ、お母さんから離れて育ったんじゃなかった?
「僕はセントポールで父と新しい母に育てられた。本当の母はずっとサンフランシスコにいた。」

>>>つらかっただろうね。
「うん。子供のころは、やっぱり母親が恋しかったね。結局は、おたがいに親子らしい親近感を覚えることはなかったな。でも、今は平気だよ。」

>>>子供のころは素直ないい子だった?それとも、反抗的だった?
「親から言われたことには、片っ端から反抗したね。はっきり言って、生まれてからずっと、すべてのことに反発してきたような気がする。とにかく、相手の思惑どおりには絶対に行動しないってことしか、頭になかった。僕の両親はカトリックの学校で育ったので、"どこへでも好きなところへ行けばいい。でも、私たちと同じ学校へ行かないと、学費がいっさい出さない"っていう考えだった。それがうんざりだったんだよ。それで自分で決めつけようとした。すごく不健全なことだよね。」

>>>それで、同じようなタイプの仲間とつるんだりした?
「僕はほかの人たちみたいに、ハイスクールに拘束されたくなかった。ほかの生徒たちだって、僕と同じように、学校に従ったり、無理して順応したりはしたくなかったくせに、結局はみんな言われたとおりにしていた。ガッツがない連中ばかりで、頭にきたよ。」

>>>では、勉強に専念することにした?
「いや、成績はあまりよくなかった。教育はとても大事なことだと思うよ。でも、意味ないことばかり、山のように押しつけられるのがいやだった。

>>>演技を始めたのは、いつごろ?
「靭帯を切ってフットボールが続けられなくなって、演劇に目を向けるようになった。初めて演じた役はハックルベリー・フィンだったな。今でも、あの役が僕自身にいちばん近いんじゃないかって思ってる。」

>>>どんなところがハックに似てると思う?
「僕には放浪癖があるんだ。動き回り続けたいって衝動って言うのかな。いろんなところへ行って、いろんなものを見て、いろんなことを学びとりたい。14歳のとき、ケルアック(訳注 アメリカのビート世代の代表的作家)の本を読むようになったんだ。<路上>とか、<ダーマ・バムズ><ビッグ・サーの夏>とかね。そのころから、とにかく、いろんなところへ行って自分の目で世界の中を見たかったんだ。」

>>>初めて芝居をしたとき、どんなところに魅力を感じた?
「演技するってことは、人をよく研究する必要がある。僕はいつでも、自然にそうしてきたんだ。そうしているうちに心理学者になる人たちもいるけど、僕の場合は役者になったってことだね。」

>>>ハイスクール俳優っていうのは、見栄っ張りで威張ってばかりいて、人気がないことが多いよね。きみの場合、そんなふうにならなかったのはどうして?
「僕の友達の中にも、俳優っていうのは私生活でも話のしかたが大げさで、いつもコロンをつけ過ぎていて、授業中も変なことを言って出しゃばってばかりいて、いつも注目されたがるやつらだって思っている連中が大勢いたよ。僕そういう馬鹿でなくても舞台に立てるんだっていうことを証明したかった。」

>>>大学生活はどうだった?
「僕はしばらく、すごいドジなやつと知られていたので、まわりの人たちはそんな僕が大学へ行くってことだけで、驚いていたようだった。しかも、演劇を勉強するために大学へ進学するなんて、なおさら大ショックだったらしい。でも、舞台劇の世界が僕の本質じゃない。僕の本質は、やっぱり放浪癖だよ。動き回って、何かを見たいっていう、極端なまでの強い気持ちだね。」

>>>"ドジ"って、どういうこと?
「(笑)別に、この世の終わりみたいな大失敗をしたわけじゃない。ただ、僕はちょっと無責任なところがあって、子供のころはよく、ぼうっとしていて人に迷惑をかけたことがあったんだ。自分のことで頭がいっぱいになっちゃって、大事なことを忘れてしまったりする。それで、最近は・・・(長い間があく)おっと、失礼。また、ぼうっとしちゃった。」

>>>しばらくビデオ・ショップでアルバイトしていたことがあるそうだね。そのころ、家に持ち帰って何度も夢中で見た映画のビデオってあった?
「《バスキア》だ。生き生きとしたニューヨークの街の姿と、アートと詩が組み合わせられた作品だったので、大好きだった。映画としても見事なできばえだし、演技もすばらしい。名声というものについて、とても率直で的を射た、美しいメッセージがあったと思う。」

>>>そのメッセージとは?
「名声は人をあっという間にダメにしてしまう。突如として、,名声は人のコントロールできないものになってしまうんだ。嫉妬心とか、ねたみといった感情によって、友達がどんどん離れていく。それと引き替えに、本人はどんどん意地悪くなり、友達を恐れるようになってしまう。彼らから何か奪われはしないかって思うようになるんだね。長いあいだ、友達として支えてきてくれた人たちは、友情のほかに何も求めてはいないってことも、まるで見えなくなってしまうんだ。」

>>>こういう人生を送りたいと思った映画があったら話してくれる?
「ケネス・ブナラーの《から騒ぎ》かな。いつも美しい女性たちに囲まれていて、まわりの人たちとは気のきいた辛辣な冗談でしゃれた会話をして、結局、最後にはすべてがうまくいくっていう人生。でも、そういう中でも、他人との摩擦があるってことは必要なんだ。そこから、すべてが発展するわけだから。」

>>>好きな詩人は?
「気に入りの詩人は大勢いるよ。イエーツやアレン・ギンズバーグをはじめとして。僕も詩が書けたらいいのにな。」

>>>有名になったせいで、こんなふうにさまざまな話題を次々に持ち出しては、きみの熱心な話に喜んで耳を傾けようとする人間がいるなんて、奇妙だなとは思わない?
「(笑)世間の人たちは、僕がどんな話をしようと、それほど関心を持ってはいないと思うよ。ただ、みんな興味の持てることを探しているだけなんだ。」

>>>政治的な問題で関心のあることは?
「《Black Hawk Down》の撮影でモロッコにいたとき、"Habitat for Humanity"(訳注 居住問題改善に取り組む国際NGO)のために何かやりたいって思った。グローバル・ボランティアって呼ばれているんだけど、世界中の貧しい小さな村に6週間滞在して、学校や図書館の建設に協力するんだ。」

>>>いつの日か、映画スター事典に名前を載せられるときには、どんなことを書いてもらいたい?
「すばらしい可能性を秘めた俳優で、めざましい活躍をしたと。みんな、それぞれの世代の(マーロン・)ブランドか(ロバート・)デ・ニーロになりたがるんだよね。でも、そんなふうになれるかどうか、僕にはわからない。」

>>>アカデミー賞を狙いたいっていう野心はある?
「まだ、それに値する仕事をしたって感じがないから、どうでもいいと思っている。」

>>>すべてを脱ぎ去った、素顔のきみはどんな人間なのかな?
「思いやりのある人間でありたいと思ってるよ。でも、本質的にはかなり複雑な人間だな。大変なドジを踏んでおきながら、そのあとのゴタゴタした状態を楽しむようなところがある。それから、やっぱり僕は探検するのが好きな人間だから、今は次の冒険を楽しみにしているところなんだ。」

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